1. アンペールの法則の「破綻」
マクスウェル以前、電流が周囲に作る磁場を記述する法則はアンペールの法則でした:
$$\oint_C \mathbf{B} \cdot d\mathbf{l} = \mu_0 I$$
この式は、閉曲線 $C$ を境界とする「任意の面」を貫く導電電流 $I$ を意味します。
しかし、コンデンサーを含む回路(下図)において、この法則は論理的破綻を迎えます。
閉曲線 $C$ として極板を囲むループを選んだとき:
- 導線を貫く平らな面 $S_1$ を考えると、電流 $I$ が貫通するため $\oint_C \mathbf{B} \cdot d\mathbf{l} = \mu_0 I$ となります。
- しかし、コンデンサーの極板間を通るお椀型の面 $S_2$ を考えると、極板の間には導電電流が流れていないため(真空または誘電体)、面を貫く電流は $0$、すなわち $\oint_C \mathbf{B} \cdot d\mathbf{l} = 0$ となってしまいます。
同じループ $C$ を考えているにもかかわらず、どの面を選ぶかで磁場が変わるという矛盾が生じたのです。
2. マクスウェルの洞察と変位電流の導入
ジェームズ・クラーク・マクスウェルはこの矛盾を、「時間的に変化する電場が電流と同等の効果(磁場を作る効果)を持つ」と仮定することで解決しました。
コンデンサー極板の電荷を $Q$、極板面積を $A$、誘電率を $\varepsilon_0$ とすると、極板間の電場 $E$ は:
$$E = \frac{Q}{\varepsilon_0 A}$$
電荷の変化(導電電流 $I_c = dQ/dt$)に伴って、電束 $\Phi_E = E A = Q/\varepsilon_0$ も時間変化します。これを時間微分すると:
$$\frac{d\Phi_E}{dt} = \frac{1}{\varepsilon_0}\frac{dQ}{dt} = \frac{I_c}{\varepsilon_0}$$
ここから、導電電流と全く同じ大きさを持つ仮想的な電流「変位電流 $I_d$」を定義しました:
$$I_d \equiv \varepsilon_0 \frac{d\Phi_E}{dt} = \varepsilon_0 \int \frac{\partial \mathbf{E}}{\partial t} \cdot d\mathbf{A}$$
3. マクスウェル・アンペールの法則
この変位電流をアンペールの法則の右辺に追加することで、真の法則であるマクスウェル・アンペールの法則が完成しました:
$$\oint_C \mathbf{B} \cdot d\mathbf{l} = \mu_0 \left( I_c + I_d \right) = \mu_0 \left( I_c + \varepsilon_0 \frac{d\Phi_E}{dt} \right)$$
この拡張により:
- 面 $S_1$ を使うと、変位電流 $I_d=0$ だが 導電電流 $I_c$ が貫通するので、右辺は $\mu_0 I_c$。
- 面 $S_2$ を使うと、導電電流 $I_c=0$ だが 変位電流 $I_d$(電場変化)が貫通するので、右辺は $\mu_0 I_d$(かつ $I_d = I_c$)。
これにより、どの面を選んでも右辺が同じ値となり、矛盾が完璧に解消されました!
4. 導電電流と変位電流の違い(まとめ)
| 性質 |
導電(伝導)電流 $I_c$ |
変位電流 $I_d$ |
| 物理的実態 |
自由電子などの実電荷の空間的移動 |
電場(電束密度)の時間的変化(電荷の移動なし) |
| 流れる場所 |
導体(金属ワイヤーなど)の内部 |
真空、空気中、誘電体(コンデンサー極板間など) |
| 熱の発生 |
抵抗を流れる際、ジュール熱を発生する |
ジュール熱を発生しない(エネルギーの熱化がない) |
| 磁場の発生 |
周囲に渦状 of 磁場を作る |
周囲に全く同じように渦状の磁場を作る |
5. 電磁波の存在を予言した最大の鍵
変位電流の最大の物理的功績は、「電磁波」の存在を導き出したことです。
「磁場の時間変化が電場を作る(ファラデーの電磁誘導)」という法則と、「電場の時間変化が磁場を作る(変位電流)」という法則が合わさることで、電荷のない真空中であっても、変化する電場が磁場を作り、その変化する磁場がさらに先へ電場を作るという、空間を伝播する「波動=電磁波」が生まれます。
私たちが利用するWi-Fi、携帯電話、光などはすべて、この「変位電流」が起点となって宇宙空間を飛び交っているのです。